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ぐわー

伊勢丹のクリスマスページがかわいい…!
デジタルとアナログがいい感じで融合していてきゃ~うらやましいって感じです。
色彩のセンスもすばらしい…。

我が家では特にクリスマスイベントは行いませんが(むしろ正月がメイン)
こういうのを見ると、なかなか良いなあ…とほのぼのしてしまいます。
クリスマス終わると消えるのかな?もったいないな。

追記*
イラストレータはフィンランド出身のクラウス・ハーパニエミという方でした。
クリスマス文化が根っこにある国のひとの絵なんだなあ。

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ダヴィンチと平家琵琶

片づけをしていて見つけた新聞の切り抜きより。処分するまでに覚書き~
2007年12月17日日経文化面。

「絵画のそことここ」藤本由紀夫
 
レオナルド・ダ・ヴィンチは「絵画は、触れることのできぬものを触れるように、平らなものを浮き上がっているように、近いものを遠いように思わせること奇蹟さながらである」と手稿に残り手居る。
確かに我々は、絵画を見ているとき「ここ」であるカンバスの表面を見ているのだが、カンバス上の絵の具を見たとは思わない。そこに表現された「ここ」ではない「そこ」の世界を体験している。

また彼は、美術が音楽よりも低く評価されていることに不満を持ち、科学的な空間描写の技法として「線遠近法」を開発した。「岩窟の聖母」(1483-86年頃、油彩、板)においてレオナルドは聖母マリアを洞窟の前に描いた。
我々はどうしてもマリアよりも向こう側の世界に引き寄せられる。
二次元のパネルにまるで穴を開けるように描かれた洞窟は、「近いものを遠いようにおもわせる」ための「ここ」から「そこ」へと貫通する格好の題材だったのではないだろうか。

-ここまで記事抜粋-

当時、美術は音楽よりも低く見られていたという記述が興味深いです。
たしかに、ある程度の年齢になってからでも始められる美術に比べ、
音楽は幼児時代から修練の必要です。(世界のトップレベルでの話とお考えください)
いずれも人の心にもたらす情動を考えれば、優劣はないのは言うまでもありません。

学生時代、一般教養の美術学で取り上げられた「岩窟の聖母」。
実は二点あります。
ダヴィンチのお気に入りの画題だったのでしょうね。

--

平家琵琶、薄氷の相伝 鈴木まどか

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」
中学か高校のときにそらで唱えさせられた覚えがあります。
平家物語のすべてに節をつけて琵琶の演奏で語る「平家琵琶」は
鎌倉時代から八百年にもわたって伝承されてきました。
「耳なし芳一」で有名ですね。

筆者は全国に住人ほどいる相伝者のひとり。
平曲の規範譜(教則本)は「平家正節(まぶし)」といい、
平家物語を百九十九の句に分けて教習順に編纂してもの。
それに別の伝承句を加えた計二百句すべてを習得し、免許皆伝になった方とのことです。すごい

江戸時代末期、弘前藩藩士 楠美家によって代々習得されてきたことが
現在でも途絶えていない大きな力になっているそうです。
楠美晩翠を母方の祖父に持ち、その甥の相伝者 館山甲午に学んだ筆者は
五線譜では表現しきれない口頭伝承、
現代の演奏や後継者育成、研究などの活動を行われています。

中世の日本では、多くの人が平家物語を一般教養として知っていたそうですが
それは琵琶法師によって全国にもたらされたもの。
今でいうところの大河歴史ドラマでしょうか。
お能の演目の多くが平家物語により、その影響力の大きさを感じます。

目で読むでけれなく、耳や口で伝えられた文学の面白さは
一度、生演奏で味わってみたいと思いました。

こういう記事を毎週読めるって、贅沢かも。
ネット配信により苦戦を強いられている新聞ですが、活字文化はなくなってほしくないものです。

粋なはからいですね

藤原新也さんのホームページで、期間限定のクリスマスソングが聴けます。

http://www.fujiwarashinya.com/
こちらのダイアリーページからどうぞ。
ご本人の歌だそうだ…うますぎる。

ところで藤原さんの著作「メメント・モリ」の
新装版が出てしばらく。
まだ目にしていないので、いつかは手に入れたいと思っています。
英語版もいいかな?

この本は16歳の私にとって、天地引っくり返るほどの大変な出会いでした。

前年に身内を亡くして、
それでもまあ普通に生活しつつ
中身はあんなこんなでどろんどろに渦巻いていた頃。

ガンジスの川辺で死体が犬にかじられていたり、
荼毘に付されているところを見て、
すごく楽になったんです。

数日前まで生きていた人が骸となって
火葬場の冷たいドアの向こうに消えていき、
高温のボイラーで強制的に焼かれて
カラッカラの白い骨になって戻ってきたあの瞬間。
それでも顔面部分はきれいな形に残っていて
目があったと感じました。でもそれはもう話も何もできない状態なわけで…

病状など詳しいことを知らされていなかったのもありますが、
でもいつかはよくなるかも~なんて
しょうもない子供だったんです。ふがいない。
取り返しのつかない悲しみと喪失感。

そういう気持が、「メメント・モリ」を読んだ瞬間
楽になった。なぜかは今でもわかりませんし、悲しみも消えるものでもありませんが
気持のベクトルが変わったというか。
死を想う(死にたい死にたいってことじゃなくて、死を見つめることですぜ!)ことは、けして後ろ向きなことではなく、
むしろ良く生きるために必要なことだと思います。

高校時代は信じられない位充実していました。
その本を教えてくれた国語の先生。
興味無い授業をサボってデッサンしていた美術室。
何よりかけがえのない友人たち。
だからあんな状況もいつの間にか乗り越えられたのだと思います。

出版って、本当に素晴らしいメディアだと思います。
ふと思い立ったときに、開いてまた閉じる。
一冊の本を作るには、非常に手間暇のかかる行程があり、
そこが安易に作ることができるブログとは
(もちろんそうでないものもあります。ただ絶対的な違いもある)
たとえ一枚の紙であろうと、
その中には無限の可能性だってあるわけです。

燦として列星の如し





井上靖さんの「星と祭」読了しました。
滋賀の十一面観音と琵琶湖をモチーフに書かれた小説です。
井上靖さんの作品を知ったのは、NHK特集「シルクロード」で。
中学生の時分には「楼蘭」「敦煌」「天平の甍」など読みふけったものです。

※勢いで書いたので、誤植修正しました。
「星と祭」

詳しいいきさつは不明のまま、十七歳の少女みはると二十一歳の青年が貸ボートで琵琶湖に漕ぎ出し、突風に煽られて転覆、懸命の捜索にも関わらず、二人の遺体があがることはなかった。

みはるの両親は離婚し、父方の祖母に育てられるも、思春期になったころ、名家の出で手芸作家として名をあげた母親に引き取られる。
この物語の主人公は、少女みはるの父親「架山」。
十分に父親らしいことをしてやれなかった、しかし大切に思っていた娘を亡くし悲嘆にくれる父親は、ある時から心の中で娘との対話を始める。この時点で、かれにとっては娘はまだ死んでおらず、琵琶湖の竹生島あたりの水底に沈んだ状態のまま、この世とあの世の境目にいる。
当初、かれは無謀にもボートを漕ぎだした(と思われる)青年とその父親をひどく憎んでいる。

対照的に青年の父親「大三浦」は琵琶湖から離れられず、いつまでも息子を亡くしたことを恨み嘆き(時に貸しボート屋の主人にまで八つ当たりをし)、やがて琵琶湖周辺におおくまつられている十一面観音を参拝し回ることで、湖底に沈んでいる息子たち(こういわれるのを、架山は快くは思わない)を供養し、十一面観音に守られていると信じている。

その二人を客観的な目で(しかも半分当事者という十字架を背負った)見守るのが、くだんの貸ボート屋を営んでいた「佐和山」。彼もまた、大三浦に巻き込まれる形で、十一面観音に魅せられている。

架山の気持ちのターニング・ポイントは三度ある。一度目は娘の死から四年目、旧友と再会した折に居合わせた大学教授から「虚像」の話を聞いたとき。いわく、「ある友人は『この地球上の人間は虚像であり、宇宙のどこかの遊星群のひとつに自分と同じ人間が同じように生きている。そのどちらかが実像で、虚像である』というのだよ」。娘の死は遠い星の出来事であり、虚像であると思いこむことにより、事件をやっと振り返ることができる。
二度目は登山仲間と訪れたヒマラヤの小さな村で見た、満月。太古と変わらぬヒマラヤの大地、そこで架山は「永劫」について思う。ひとは生まれ、死んでいく。そのことに意味は無いのだとも。祈りとともに生きる、ヒマラヤの人々の生き方にもうたれて、かれらの姿と大三浦の姿を重ね合わせ、敬遠していた彼を初めてなつかしいとさえ思う。

そして、三度め。圧巻は、物語の最終盤、ともに子供を湖の事故でなくした男親二人と
貸ボート屋の主人が、満月の琵琶湖に供養の船を出すシーン。
湖心で大三浦が、二人を供養するために滋賀の十一面観音を勧請(の使い方はこれでいいのかな)する。架山にも、それまで詣でてきた観音の姿が確かに見え、瓔珞(仏像を飾るアクセサリー)がふるえきらめく宝石どうしが触れ合う音を聞く。湖をぐるりと観音像が囲み、湖面をふちどる幻想の様を『燦として列星の如し』と架山は感じる。何と美しい供養の様だろうか。

みはるの父親架山は、八年に及ぶ長かった殯(もがり。古代、特に身分の高い人物が亡くなった場合行われた。死者をすぐに埋葬せず、仮の殯の部屋をこしらえ、生者と死者の中間の状態に置き別れの準備をする…でいいのかな。作中では、万葉集などにある挽歌は殯の次期に詠まれたとあります。人間が、偽りのない会話を交わすことのできる唯一の期間とも。このあたりの描写にはしびれる)の時期が終わるのを感じ、同時に心の中にいる娘との決別に寂しさも感じる。

愛する者の死は、どうしたことで乗り越えたり癒されるものではない。それが作者のもっとも伝えたかったことだろう。長い長い回り道をして、ふたりの父親が湖にともに漕ぎ出したことで、ようようふたりはこの世からあの世へとゆくことができたのかもしれない。悲しむこと、祀ること以外に愛する者の死へ向かい合う方法はないのだと。

「星」は、架山が娘の死を運命と感じたり、永劫のごくちいさな出来事と思い処理しようとしていることだそうです。しかしそれによっても悲しみは消えることはありません。
「祭」は、大三浦がひたすらに愚痴をこぼし、嘆き、息子のためただそれだけのために十一面観音をめぐる姿。

死者に対しては手厚く接しなければならず、それは生きることに対して手厚くあることだとも井上さんは述べられています。それは死も生もまともに向かい合えない、現代に対する提言でもあると思います。

井上靖さんは、十一面観音に深い愛情を抱いていた(熱心なファンといいますか…)のが非常によく伝わってきます。自分が訪ねた観音様の姿と抱いた感想を重ねてみるのも楽しい。
この度の短い旅で、三橋節子さんの美術館と、その後十一面観音さんを拝んだときの気持にとても似ています。私はたぶん父親や若くしてなくなった友人、もう会えない人たちのことを思い出していました。

映画強化週間その4 2008年10月02日



本日の1本:『ククーシュカ ラップランドの妖精』

おもしれえ!!久々に単館系の映画を堪能しました。
万人受けはしないだろうけど、ちょいとヒネクレたJALANのような人には
結構グッとくるのではないかと思います。

ざっとあらすじを説明すると、
第二次大戦末期、ドイツと同盟を組んだフィンランドで、
平和主義者すぎて味方から鎖で岩につながれて置き去りにされた青年(しかもナチスの親衛隊の制服着せられてるし…ロシア兵に見つかったら、どうなるか…)と、
濡れ衣を着せられ軍法会議にかけられるべく連行される中年にさしかかったロシア兵と、
ラップランドに住んでいる先住民の女性(おそらく未亡人。旦那は徴兵されたっきり)が
偶然共同生活を始めることになるけれど、言葉がさっぱり通じなくてというお話。

シャーマンの血を引いている主人公の女性アンニの生命力の強さったらありゃしない!
妖精じゃなくて地母神ですよこれは。
衣装もかわいい。結構きっつい洒落の効いたお話です。大人向けかな。

言葉の通じないおかしみを味わってください♪
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Author:JALAN-JALAN
1993年からデザインの仕事、1999年から石けん制作をしています。
趣味は移動でいつもどっか行きたい…と思っています。

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