スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

柿渋に想う

秋の新作に柿渋を使いました。
世の中に数多出回っている緑茶・炭・柿渋石鹸。
『加齢臭に効く!』という俗っぽいキャッチコピーに、
正直食わず嫌い状態でいままで敬遠していました。

その思い込みを一掃してくれたのが
倉敷教室の受講生lさん(ハーブを沢山育て、料理など生活に生かしている。
ハーブを活用する知識と経験はわたしなどよりよほど詳しくすごい方)から頂いた柿渋石鹸。
質感、存在感が面白く、いてもたってもいられなくなったのです。

ネットでも購入出来るけれど、
知人から岡山市表町の『わがみや うめだ』さんで販売されていることを聞いていたので、
くるまを走らせました。
強烈な醗酵臭のある(といってもけして我慢できない不快な匂いではありません。
藍を醗酵させるときの匂いに似ているように感じます)
従来の柿渋、化学処理で匂いを取り除いた柿渋の二種類を扱っておられます。

醗酵させて五年以上寝かせた柿渋は『古渋』と言い、
特に高濃度のタンニンを含むそうです。
防腐、抗菌効果があり、
肌に塗れば肌荒れやしもやけ、アレルギー改善が期待出来、
飲用すれば(まだ勇気が無くて試していませんが)胃腸を整えてくれるそうで、
本当に目からウロコです。
石鹸に加える意味があるというもの。※完成した石鹸の効能を示すものではありません

当然、本来の染料として和紙に塗れば
堅牢さと深い艶を与えてくれるそうで、
お店で見せて頂いた竹に和紙を貼った籠の深みのある艶やかさに驚きました。

一方、無臭の柿渋は薬品で処理をする為、飲用不可とのことでした。
匂いの心配が全く無いとはいえませんが、
手肌に付く可能性がある以上は古渋を使う事にして、三百cc購入。
後学の為無臭の方も少量。
こういう時に計り売りしてくださるのは何とも有り難いものです。
先のように詳しい説明や、重ね染めの見本を見せて頂けたのも収穫でした。
いつもうめだのご夫妻の優しく丁寧な接客に心洗われる思いです。

一緒に可愛い干支や猫の意匠のハガキ、ネパールの手漉き紙を購入して帰りました。


水分の約五十%を柿渋に置き換えて仕込んだ石鹸は、
予想以上に匂いが気にならず、入れた精油がはっきりと香り立ちます。
恐るべしアルカリ、うまく行って良かった!
シアバターを使うと粉っぽくなりがちなのですが、
米胚芽油多めの配合が良かったのかはたまた柿渋を使ったおまけ効果なのか、
磨き上げた石のような質感に仕上がりました。

石鹸が完成したら次はラベルデザインです。
最初はいつものように背景に画像を敷いたパターンを考えていましたが、
ふと、手漉き紙を残りの柿渋で染めてくるんだらどうだろうと思いました。
買っておいて良かった!

20101028.jpg


薄めずに刷毛で塗って乾かしたところ、
一度塗っただけなのに、和紙の表面に艶が。
二度塗りしたものも用意しました(画像がそうです)。
うす茶色に染まった紙の表面を見ていると、
以前訪れた天竜川ほとりの秋野不矩美術館を思い出しました。
インドが好きで良く訪れ、
作品のモチーフにも一貫してインドの風景を取り上げた秋野さんに相応しい、
アジアぽいけどどこの国とも言えない
(敢えて言うならば、北インドのミティラー地方か、
アフリカの民家や納屋を思わせ、尚且つ洗練されている)建物です。
床は大理石と木で出来ており、
裸足になって入館するのが何とも心地良かったのを覚えています。

私が一番好きな絵画作品は、
滋賀県大津の長柄で制作をされた三橋節子さんの『花折峠』です。
学生時代からインドを訪れ、身近な野の花を愛した画家です。
先の秋野さんの弟子でもあるそうです。

この作品は好きと言うより、見ているだけで胸いっぱいになって、
自然と祈るような気持ちになります。
初めてテレビ(この頃はまだウチにあったのじゃよ…美の巨人たちでした)で見た瞬間、
何てすごい絵なんだと思いました。
だけど生きている人間が描ける絵なのか、とも感じました。
全体的に深い緑の色調、画面中央に近江の花売り娘が川を流れ、
彼女を川岸の白い草花がすくい上げています。
ドラマチックな場面にもかかわらず、
娘の表情はまるで菩薩のごとく穏やかなのです。

元興寺の曼荼羅やや当麻寺の中将姫曼陀羅を連想したのを覚えています。
予備知識も先入観も全く無しに見たのですが、
若くして病で利き腕を失い筆を左手に持ち代えて描き続けたこと、
闘病むなしく三十代で二人の子供の残して亡くなられたことを知り、
言葉もありませんでした。
花折峠も左手で描かれた早すぎる晩年の作品ですが、
利き腕で描かれた時代の作品よりもなお素晴らしいと感じてしまいました。
生きたいに決まっている、なのに、
病と死によって彼女の作品は永遠の画となったと思うと
運命の皮肉を感じずにいられません。

三橋節子美術館は何の変哲もない公共施設の一角に展示されています。
どうにかして秋野不矩美術館のような建物に展示してあげられないものかと最初は思いました。
訪れたのは晩秋で、作品を見終わって出たところ、
秋の光にきらめく紅葉と眼下に広がる琵琶湖が素晴らしく、
野の花を愛した三橋さんに華々しい施設は要らないかも…と、考えを改めました。

現代美術はともすれば、いかに我を出すかに終始していると思います。
もしくは、魂のない商業メインの作品が横行していて、
そういう時にアートなんてクソ喰らえという気持ちになってしまいます。

古代の彫刻から始まって、中世のキリスト教美術、イスラム建築、
そして日本の仏教美術に共通するのは、そこに祈りがあるという事です。
無論、美術芸術の庇護者は時の権利者でしたが、
名も無き職人の丁寧な仕事によって作られた作品が今もなお、光を放っています。

いかにも作ったのではなく、尚且つ知恵と力を惜しみなく使いながら前に出さない、
もとからそこにあるようなデザイン…四十代になって、
そういうものづくりが出来たらと思うようになりました。

この時代に、三橋さんのような作品が描かれたのは一つの奇跡だと思います。


(図書館でNHK出版が出していた国宝をテーマにした本を借りた時のこと、
 竹生島の都久夫須磨神社をスタッフとともに訪れた日本画家の男性の文章で、
 母親と妻を相次いで亡くし、
 妻との最後の旅が竹生島と奥琵琶湖周辺だったことを
 淡々と書かれていました。はっと気がついてお名前を調べると
 三橋節子さんのご主人でした。
 ご夫婦そろってなんてつつましいのかと泣きそうになりました)

さてずいぶん話が脱線しました。
和紙は洋紙に比べ繊維が長く複雑に絡まっているおかげで、
濡れても元に戻る大変強い特長を持っています。

一昔前だと野暮ったい印象があるかもしれませんが、
使いかたによっては大変モダンで普遍的な美しさを発揮します。
現代建築でも和紙や竹は非常に重要なポジションを確立しているように思います。
ヨーガンレールの、西の視点とセンスで
東洋の素材と融合を図った商品も大変面白いですが、
若いデザイナーさんたちの新たなステップを見たいなと思う今日この頃です。

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
04 | 2018/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
最新記事
プロフィール

JALAN-JALAN

Author:JALAN-JALAN
1993年からデザインの仕事、1999年から石けん制作をしています。
趣味は移動でいつもどっか行きたい…と思っています。

リンク
FC2カウンター
blogram
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。