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婦女子的思索 アフガニスタン今昔 ※9/13追記あり

仕事や制作にとりかかたり、つまったりすると大抵図書館に行きます。
落ち着く場所なので気分転換にも良いし、
思わぬ助けになる本が見つかったりもします。

今回の掘り出し物の一冊
『戦禍のアフガニスタンを犬と歩く』


私はブルース・チャトウィンの著書をいつも読み返していますが、その現代版という最初の印象。
彼もまた、イギリスの若者。スーパーマンではないけれど、
元外交官で、多国語を操り、冒険に踏み出してしまうタイプ。

何より素晴らしいのは、自分自分といった感のない、淡々とした語り口調です。
大げさな所は一切なく、それが却って現地の空気を濃厚に伝えてくれます。


何度も書いておるかと思い申し訳ありませんが
小学生の私が初めてアフガニスタンを知ったのは、NHK特集のシルクロードからです。
厳しくも美しい自然と生きる人々、遺跡の数々に惹かれました。

そして、10代も後半にかかった頃に図書館でふと手に取った
戦場カメラマンの長倉洋海さんによる、マスードとの同行取材の集大成写真集。


何故、あの時代にアフガニスタンでソ連侵攻とその後の内戦がおこったのか
世界で起こっていることはどういうことなのかと興味を持つきっかけになった本です。

もちろんこれも一方からの見かたですが、
実際にトークライブでお見かけしたとき
生死をともにするような環境で写真を撮り続けた長倉さんの目は優しく、
手のひらはとてもごつくてあたたかかった。
人となりは顔つきに現れると思います。

北部同盟の指導者であったマスードは、
同時多発テロの2日前の9月9日、カメラマンを装った自爆テロにより亡くなります。
この人が無事に生きて、アフガニスタンが平和な世界になっていくことをリアルタイムで追えると思っていた。
私にとっては理想が形になったような人であり
(古今東西男前オブワールド。異論は認めない)
希望の象徴だったのですが…本当にショックでした。

タリバンと対立していた勢力で、恐らく2日後に起こすのテロの
背後の憂いを取り除く意味で、アルカイダに暗殺されたという見方が有力です。

アルカイダのビンラディンも先日アメリカ軍によって殺害されました。
思えば思想から何から対照的な二人。

鋭く澄んだ瞳のマスード、どろんとして目じりの下がったビンラディン。
薄く引き締まった唇のマスード、ぼってりとしたビンラディン。
若い時は最前線に立ち兵士たちとも行軍をともにしたマスードと
財力をバックに安全な場所から指令を出していたビンラディン。
女性にも教育をと語っていたマスードと
イスラムの教えを自己本位に解釈し、原理主義に突っ走ったビンラディン…
(本とこの辺は婦女子日記でスミマセン。でもでもマスードほどの男前はいない!)

911への報復から始まってアメリカのやり方はまったくもって何一つまともじゃないけど
米軍によって銃殺され、遺体は海に棄てられるという
ある意味ふさわしい死にざまだと感じました。
(それも本当かどうかはあやしいですが)

2011年から、そしてこの2011年にも世界は大きく変わりました。
震災後の日本政府のやり方には本当にがっかりです。わたしの国のトップはこんなに駄目だったのか…と。
不本意ながら3年ぶりにテレビのある生活が始まりましたが
そこに流れていることのどれだけが本当なのでしょうか。
テレビだけじゃない。ラジオ、新聞、すべてのメディア。
そこで報道されないことを知らせてくれるのも、
先に書いたような旅人であり、フリーランスのジャーナリストたちです。

イラク戦争の際にボランティアで入稿してい人質になってしまった
日本人三人に対する狂ったようなバッシングは今でも忘れられません。
戦争は絶対あってはならんことですが
日米同盟を結んでいる以上、日本はアメリカの起こす戦争に無関係ではありません。
彼らは私たちに、報道されないイラクの本当の姿の一部を見せてくれた。

3月、高速道路で反対車線の、被災地に向かう自衛隊の車の隊列に手を合わせました。
藤原新也さんはいちはやく自分の足で福島に入っていました。

9月9日は自分の誕生日でマスードの命日です。
今年も無事に歳をとることが出来ました。
本当に感謝です。
とりとめがなく、ごめんなさい。

--

9月13日追記

9.11による被害者の60倍もの死者が米軍の報復による空爆で出ているとのこと。
(アフガニスタンとイラクの民間人です)
当時、弟は仕事でアメリカにいたのですが、
近くにいる人達からは、
『報復攻撃に賛成しているアメリカ人ばかりじゃないことを解ってくれ』とよく言われたそうです。
事実、「報復をー!」と叫んでいる人はほんの少しだった。

昨夜のニュース番組で、身内を同時多発テロにより亡くした米国人男性が
『報復には当時から反対だった。自分も親しい人をなくして
戦争による痛みがわかるから』と話されていました。
9.11当時ニューヨークに居合わせた新聞記者のコメントで、
前記の死者数の格差こそが9.11を引き起こした歪ではないかと言われ、
まさにその通りだと感じました。

ビンラディン氏が殺害されたと知ったとき、
何の感慨もありませんでした(またアメリカはつまらないことを…とは思いましたが)。
こういう人物を生み出したのもまた、西側世界ではないでしょうか。

残暑お見舞い申し上げます

アトリエJALAN-JALANの白神です。
広告が表示されているのを見て、いかんいかんと更新しています。
暑さ本番な今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

いつも書きたいことが山盛りなのに…
いらして下さっている皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいでございます。

仕事に追われると、どうしても楽しいことが書けなくなって
ショップオープンしました!という業務連絡ばかりに。

お客様の新規オープンにかかるお仕事が重なったり、
年賀状のデザイン(真夏なのに不思議な気分になります)締め切りがあったり
にゃんこのお世話にアップアップだったり。

石けんのアイデアを練っているときは頭に花が咲いた状態で
それはそれは楽しいですが、材料が届くとその重さにうっ…となったりして(腰痛もち)

ものを創っていると放出するばかりで、
時にはチャージしなければ涸れてしまいます。
もっとギャラリーめぐりがしたいなあ。

今週末はゼロ泊2日の東京です。
5月の連休は一身上の都合でドタキャンして、
申し訳ありませんでした
関東の皆様に久しぶりにお会いできるのを楽しみにしています。

一月からこちら、
仕事や蕁麻疹が出るほど辛い申告作業(ダメだ)
病人の世話(といっても病院にお任せなの。転院先で良くして頂いてます)
グループ展の準備などひと段落して
ようやく一息つくかな…と思っていた頃、
地震のニュースが。
亡くなった方(犬や猫やすべての生き物も)のご冥福を祈ります。


うちにはテレビがないので、情報は新聞とネットです。
それだけでも伝わってくる被害の大きさ。
感情を持っていれば、やはり、悲しい気持ちになり無力感で落ち込みます。

人はつい、普段の便利な生活を当たり前のように思い
傲慢になってしまいます。
今回のことで、私たちの日常生活を支えてくれるものが
どれだけハイリスクで、あやういバランスの上に成り立っているものか
改めて思い知りました。

色々な恵みを与えてくれるのも、奪うのも自然。それ以上でも以下でもない。
天罰なんてオカルティックなことを言うヤカラもいますが
それは大変な驕りでしょう。
自然の力の前にひとは本当に無力です。
しかし、ふたたび立ち上がる強さも持っていると思います。

私の普段の仕事では今お役に立てることはありません。
出番がくるまで、ココロと体の準備を。これはいつものことですが。
13日に祖母の法要の帰り道、乗った高速道は
自衛隊の災害派遣車がどこまでも続いていました。
その姿に、手を合わせずにいられませんでした。
AMDAなど、志の高いプロの方の仕事はすごい。


一番つらいのは被害に遭われた方。
ヒロイックになりすぎることなく、かつ思いやりを忘れず
働いて税金を納め、
経済に動脈硬化を起こさないことも大切。
仕事はお金を稼ぐためですが、それは手段であり最終目的ではない。
どこかに、少しでも何かの役にたてるという気持ちがなければ
人生は空しいものだと思います。

そして、出来る範囲でプラスの何かを行う。

個人的には、募金は銀行窓口から赤十字へなど
遠回りせず確実な方法でと思っています。

イベ御礼

今年もあと一ヶ月あまり。充実した一年でした。
五月のアロハ展、九月の三魔女展、十月のシティにもご来場頂きありがとうございます!
展覧会の御礼は年賀状で…(こら)

20101120imono.jpg

いつもイベントの度に差し入れを頂いちゃって、
かたじけないです!
来ていただけるだけで嬉しいのです~。
デモジツハタノシミニシテタリシテ。
ツボに入った頂き物の数々です。

日本人なのでゲゲゲの鬼太郎が大好きです!
(ジ○○映画と浦安ネズミーランドは興味ないけど!年季入ったヒネクレモノ)
昨年のアロマスクールで一緒に勉強していらい、
遠方から石鹸展に足を運んで下さる大好きなTさまは
いつも地元のステキ土産を差し入れ下さいます。
このたびは猫娘汁(笑)をはじめ、鬼太郎シリーズです。
以前境港まで行って、ブロンズ像の数々と
目玉おやじ街灯に感激した思い出がよみがえります。
鬼太郎ロードって、年齢性別問わず来ている人皆がほんとうによい笑顔になってるのですよ…(涙)

アロマの恩師からは、マレーシア土産のナマコ石鹸!
右下のバティック風生地でラッピングされているのがそう。
売り子ちゃんからも頂きました。ブームなのかしら?
実物はかわいいピンク色で、よい香りがついています。

左手前はバスボム、よい香りでした♪
中央は福山教室の生徒さんから頂いた手作り石鹸、
その右上はくらしき教室の生徒さん手作りの柿渋石鹸です。
中央手前には神戸のウエハース。
イベント中にモリモリ頂いてしまった…うまかったです♪

画像には写っていないけれど、
矢野さん引退時のインタビューを録画してくれたDVDには
嬉しいのとせつなすぎて泣けました。ありがとう八凪さん!

石鹸はもったいなくて使えないし
お菓子もなかなか開封できないのですが、
こうやって備忘録化することでやっと使えそうです。
いつも本当にありがとうございます。

柿渋に想う

秋の新作に柿渋を使いました。
世の中に数多出回っている緑茶・炭・柿渋石鹸。
『加齢臭に効く!』という俗っぽいキャッチコピーに、
正直食わず嫌い状態でいままで敬遠していました。

その思い込みを一掃してくれたのが
倉敷教室の受講生lさん(ハーブを沢山育て、料理など生活に生かしている。
ハーブを活用する知識と経験はわたしなどよりよほど詳しくすごい方)から頂いた柿渋石鹸。
質感、存在感が面白く、いてもたってもいられなくなったのです。

ネットでも購入出来るけれど、
知人から岡山市表町の『わがみや うめだ』さんで販売されていることを聞いていたので、
くるまを走らせました。
強烈な醗酵臭のある(といってもけして我慢できない不快な匂いではありません。
藍を醗酵させるときの匂いに似ているように感じます)
従来の柿渋、化学処理で匂いを取り除いた柿渋の二種類を扱っておられます。

醗酵させて五年以上寝かせた柿渋は『古渋』と言い、
特に高濃度のタンニンを含むそうです。
防腐、抗菌効果があり、
肌に塗れば肌荒れやしもやけ、アレルギー改善が期待出来、
飲用すれば(まだ勇気が無くて試していませんが)胃腸を整えてくれるそうで、
本当に目からウロコです。
石鹸に加える意味があるというもの。※完成した石鹸の効能を示すものではありません

当然、本来の染料として和紙に塗れば
堅牢さと深い艶を与えてくれるそうで、
お店で見せて頂いた竹に和紙を貼った籠の深みのある艶やかさに驚きました。

一方、無臭の柿渋は薬品で処理をする為、飲用不可とのことでした。
匂いの心配が全く無いとはいえませんが、
手肌に付く可能性がある以上は古渋を使う事にして、三百cc購入。
後学の為無臭の方も少量。
こういう時に計り売りしてくださるのは何とも有り難いものです。
先のように詳しい説明や、重ね染めの見本を見せて頂けたのも収穫でした。
いつもうめだのご夫妻の優しく丁寧な接客に心洗われる思いです。

一緒に可愛い干支や猫の意匠のハガキ、ネパールの手漉き紙を購入して帰りました。


水分の約五十%を柿渋に置き換えて仕込んだ石鹸は、
予想以上に匂いが気にならず、入れた精油がはっきりと香り立ちます。
恐るべしアルカリ、うまく行って良かった!
シアバターを使うと粉っぽくなりがちなのですが、
米胚芽油多めの配合が良かったのかはたまた柿渋を使ったおまけ効果なのか、
磨き上げた石のような質感に仕上がりました。

石鹸が完成したら次はラベルデザインです。
最初はいつものように背景に画像を敷いたパターンを考えていましたが、
ふと、手漉き紙を残りの柿渋で染めてくるんだらどうだろうと思いました。
買っておいて良かった!

20101028.jpg


薄めずに刷毛で塗って乾かしたところ、
一度塗っただけなのに、和紙の表面に艶が。
二度塗りしたものも用意しました(画像がそうです)。
うす茶色に染まった紙の表面を見ていると、
以前訪れた天竜川ほとりの秋野不矩美術館を思い出しました。
インドが好きで良く訪れ、
作品のモチーフにも一貫してインドの風景を取り上げた秋野さんに相応しい、
アジアぽいけどどこの国とも言えない
(敢えて言うならば、北インドのミティラー地方か、
アフリカの民家や納屋を思わせ、尚且つ洗練されている)建物です。
床は大理石と木で出来ており、
裸足になって入館するのが何とも心地良かったのを覚えています。

私が一番好きな絵画作品は、
滋賀県大津の長柄で制作をされた三橋節子さんの『花折峠』です。
学生時代からインドを訪れ、身近な野の花を愛した画家です。
先の秋野さんの弟子でもあるそうです。

この作品は好きと言うより、見ているだけで胸いっぱいになって、
自然と祈るような気持ちになります。
初めてテレビ(この頃はまだウチにあったのじゃよ…美の巨人たちでした)で見た瞬間、
何てすごい絵なんだと思いました。
だけど生きている人間が描ける絵なのか、とも感じました。
全体的に深い緑の色調、画面中央に近江の花売り娘が川を流れ、
彼女を川岸の白い草花がすくい上げています。
ドラマチックな場面にもかかわらず、
娘の表情はまるで菩薩のごとく穏やかなのです。

元興寺の曼荼羅やや当麻寺の中将姫曼陀羅を連想したのを覚えています。
予備知識も先入観も全く無しに見たのですが、
若くして病で利き腕を失い筆を左手に持ち代えて描き続けたこと、
闘病むなしく三十代で二人の子供の残して亡くなられたことを知り、
言葉もありませんでした。
花折峠も左手で描かれた早すぎる晩年の作品ですが、
利き腕で描かれた時代の作品よりもなお素晴らしいと感じてしまいました。
生きたいに決まっている、なのに、
病と死によって彼女の作品は永遠の画となったと思うと
運命の皮肉を感じずにいられません。

三橋節子美術館は何の変哲もない公共施設の一角に展示されています。
どうにかして秋野不矩美術館のような建物に展示してあげられないものかと最初は思いました。
訪れたのは晩秋で、作品を見終わって出たところ、
秋の光にきらめく紅葉と眼下に広がる琵琶湖が素晴らしく、
野の花を愛した三橋さんに華々しい施設は要らないかも…と、考えを改めました。

現代美術はともすれば、いかに我を出すかに終始していると思います。
もしくは、魂のない商業メインの作品が横行していて、
そういう時にアートなんてクソ喰らえという気持ちになってしまいます。

古代の彫刻から始まって、中世のキリスト教美術、イスラム建築、
そして日本の仏教美術に共通するのは、そこに祈りがあるという事です。
無論、美術芸術の庇護者は時の権利者でしたが、
名も無き職人の丁寧な仕事によって作られた作品が今もなお、光を放っています。

いかにも作ったのではなく、尚且つ知恵と力を惜しみなく使いながら前に出さない、
もとからそこにあるようなデザイン…四十代になって、
そういうものづくりが出来たらと思うようになりました。

この時代に、三橋さんのような作品が描かれたのは一つの奇跡だと思います。


(図書館でNHK出版が出していた国宝をテーマにした本を借りた時のこと、
 竹生島の都久夫須磨神社をスタッフとともに訪れた日本画家の男性の文章で、
 母親と妻を相次いで亡くし、
 妻との最後の旅が竹生島と奥琵琶湖周辺だったことを
 淡々と書かれていました。はっと気がついてお名前を調べると
 三橋節子さんのご主人でした。
 ご夫婦そろってなんてつつましいのかと泣きそうになりました)

さてずいぶん話が脱線しました。
和紙は洋紙に比べ繊維が長く複雑に絡まっているおかげで、
濡れても元に戻る大変強い特長を持っています。

一昔前だと野暮ったい印象があるかもしれませんが、
使いかたによっては大変モダンで普遍的な美しさを発揮します。
現代建築でも和紙や竹は非常に重要なポジションを確立しているように思います。
ヨーガンレールの、西の視点とセンスで
東洋の素材と融合を図った商品も大変面白いですが、
若いデザイナーさんたちの新たなステップを見たいなと思う今日この頃です。
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JALAN-JALAN

Author:JALAN-JALAN
1993年からデザインの仕事、1999年から石けん制作をしています。
趣味は移動でいつもどっか行きたい…と思っています。

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